S&R誌に連載したプロフェッショナルクラフツをDVDで復刊しました。
復刊といっても元になる単行本はありません。珍品堂オリジナルの電子書籍第一号です。
1982年から89年まで雑誌掲載した製作記事の全ページをコピーしたもので、
題名の通りプロシーン・セミプロシーンでの使用を前提に設計製作した機材です。
古い記事なのでディスコンになったパーツも使われていますが、
今でも丸コピーできる機材は多く、回路ブロックだけなら充分使っていただけます。
この連載以後、90年代に入ると音響機材もデジタル化が進み、
高価なアナログ機材は衰退の一途をたどり、現在に至っています。
ですから、このDVDに収められた機材群はアナログ時代最後の仇花ともいえます。
中でもシリーズIIで製作した16chのインライン卓は、
コピーしてほしいとは決して申しませんが、あらゆる意味で見て頂きたく願っています。



■プロフェッショナルクラフツ時代のこと■

どこに出しても恥ずかしくないプロ機材を作りたい。相棒の小沢靖と悪巧みをしていたところに月刊化したのがS&R誌。1982 年のことでした。編集部ではホネになる連載が欲しい、私たちは好き勝手に作りたい。その企画書も契約書もない安易な野合の結果がこのシリーズです。ですから、最初から四角四面で取り組んだ仕事ではなく、悪乗りと勢いに支配された成り行きだったともいえます。もちろん私たちにもプロ意識はありましたから、読者と版元への責任は人並み以上に感じていました。大きな失敗をしたら腹かっさばいて見せるくらいの覚悟はありました。しかしそれがプレッシャーにならなかったのも事実です。そして古今東西、まだ誰もやったことのない業務用機材の製作連載に突き進みました。

今読み返してみると、私たちは本物のアホでした。メーカーだったら1種類の機材を作るのにもチームを組み、企画から製品化まで短くても半年以上かけるでしょう。それを、たった二人で1年間に数機種以上作るなど、最初から危険な企みでした。心ある業界の人たちは「いつまで続くと思う?」とか「二人のうち、どっちが先に倒れるか」と噂してくださったのも耳に入ってきました。それがシリーズIの頃です。

シリーズIでは連載開始前に2年分の製作リストを作り、手間がかかる大物機材が連続しないように発表順を決めていました。小沢の頭の中には各機材の構成や回路図が既にあったと思います。私の立場は、小沢が暴走してコトを複雑化させないように手綱を引っ張る、いわばマネージャー役と、執筆して製作記事を完成させるフィクサー役でした。ですから強いて仕事の分担を言えば、プランニングは小沢、回路設計と試作は二人共同、パーツ調達と組み上げは小沢で執筆とタイムキーパー、編集部への対応(これが大切)は私、といったところでした。しかし実際に始まると最初からグチャグチャで、私が夜中に小沢の家でエッチングしていたことなどを憶えています。本当なら合宿でもすればよかったのでしょうが、二人とも夜は家に帰りたい性分なので、仕方なく当時は高価だったファクシミリを1台ずつ買い、専用の電話回線も入れました。これで互いに図面を送りながら相談できるようなりました。

結局シリーズIでは予定していた機材をほとんど作り上げ、読者諸氏からの反応も期待以上だったようです。作る側としては、他人から一切干渉されず、読者だけを考えていればよかったので、作業の大変さもまったく苦ではなく、トータルの感想は「なんだ、こんなものか」程度で、もちろんまだまだ連載を続けるのは当然のことと思っていました。
ただひとつ私の懸念は、次のシリーズではただ一機種、大型ミキシングコンソールを作るということです。本来、雑誌記事は連載であっても「読み切り」的な要素が求められます。その回だけ読んでも面白く、充実感を与えられなければ雑誌記事ではありません。その回が面白くなければ読者は次号を買ってくれません。はたして大型機材をパートごとに作って、読者は喜んでくれるのか? たしかに卓はアナログ技術の集大成ですから、語るべき内容は豊富にあり、各回とも意味のある内容にはできます。ただ、それが面白いかどうかは別問題。ライターとして、私にそこまでの技量があるのか、とても不安でした。それ以前に、卓の完成まで続けられるのか、という大問題もありましたが。

自分でも「どうしてだろう」と思うのですが、シリーズII時代の記憶はあまりありません。煮詰まりつくして蕎麦を食いに行ったことや、下町の工場で社長に「どんなに苦労しても完成させれば自分のものになる」と励まされたことはよく憶えています。でも、日常的にどうだったのか、どんな気持ちだったのかは、なんだか霧の中の出来事のようで、ひどくぼんやりしています。ただ、ムチャクチャに忙しく、ずーっと仕事をしていた気がするだけです。そう、あとは締め切りの恐怖。私はこれ以前には必ず締切日前に入稿していました。それが、気にするのが締切日ではなく校了日になり、ついには出張校正日になったとき、プロとしての自分自身にひどい屈辱を感じたのを憶えています。
ひとつ、あまりに面白かったので憶えていること。締め切りをとっくに過ぎたある日、朝から小沢が電話に出なくなりました。ファクシミリを送っても返事無し。何かあったのかと心配になって彼の家に行くと、作業台の上に紙が1枚。小さな字で「ごめん」と書かれていました。

バグの殿堂、訂正の見本市、と言われながらも、ドタバタの2年間を経てシリーズIIのコンソールは完成しました。やりきった、という充実感は多少あっても、既に次のシリーズの話が来ていて、心穏やかになるヒマはなく、たとえて言えば小学2年生の夏休み、「すぐに二学期が来るぞ」みたいな感じ。たしかに、断ることもできました。でもそれは、あまりに身勝手な選択のような気がして、あまりキツくないなら続けよう、になりました。
これまで4年以上にわたって支持してくれた読者に対して、「作りたいものを作れたから俺たちは大満足、これでオワリです」と言い放つのはなんだかなぁ。読者の中には、技術面・経済面でコピーできず、指をくわえて見ていただけの人も多いのでは、と考え、そんな彼らを基本ターゲットに決めました。

シリーズIIIでは製作難易度をほんの少し下げています。製作費もできるだけ抑え、自作したら得するよ、と感じてもらえる機材を、私と小沢のそれぞれで考えました。また、この頃になると小沢の文章にも相当な数のファンがいるとわかり、彼自身も出版のルールがわかってきたため(締め切りにあまり遅れなくなり、基本的な編集実務も会得していた)、それなら連名はやめてソロで行こう、となりました。連名の解消はこういった経緯からです。決してケンカしたわけではありません。実際、IIIが始まってからはそれぞれの製作物の設計に協力し合いました。パワーアンプの終段、定電流回路に三端子を使ったのは私の提案ですし、パラメとエキサイタのシェイプアップでは、どんなパラメータ(ツマミ)を残すか決めたのは小沢です。私が真空管機材を作るべきか迷っているとき「やっちゃいなよ。良い球が手に入るのは今が最後だから」と煽ったのは小沢です。

12AX7プリアンプの最後の原稿を入稿したとき、なんとなく「これで終了」と感じ、でも残念な気持ちはありませんでした。プロフェッショナルクラフツという筋は通し尽くしたと感じたのです。欲張って考えれば、製作した卓にぴったり合うキューシステムを作り残した、プロ機材のメンテ方法、特にマイク類の扱い方等々、できれば機材を扱う上での心がけ、みたいなことまで書ければよかったのですが、それはそれ。ここでシリーズを終わらせることに異存はなく、小沢も同じだったと思います。

この連載は私一人でも小沢一人でも不可能でした。アホの二人が本音で舞い狂った結果です。正気だったり金銭を考えたら、とてもできることではありません。読者からの応援も編集部に届くハガキの束でわかり、それが私たちを強力にプッシュしたのも事実です。悪戯をしていた子どもが周囲のオトナたちから応援されて、気をよくしてますます悪戯に励む、そんな経験ができた私たちはとてもラッキーでした。

様々な理由から、プロフェッショナルクラフツは単行本化されませんでした。編集するにはプロ機材を扱えるだけの電気知識が必要ですし、暗号のようなバグ潰しも必須です。そんな知力・気力のある編集者はいません。仮にどうにか単行本化しても、十万部も売れる本にはならないでしょう。とはいえ、雑誌記事のまま忘れられてしまうのは、私としては残念でたまりません。特に小沢が死んだ後、そんな思いが強くなりました。彼はミュージシャンですから自分の作品には別の考えを持っていて「出した音は戻せない。だから出しっぱなししかないんだ」と言っていました。たしかに一理あります。しかし一理です。
今回、DVDメディアでクラフツを復刊しました。どこか肩の荷が下りたというか、人生の借りを返したというか、少しほっとしています。そのへんに漂っているであろう小沢の霊も「ほんとにやったんだ。ちょっと恥ずかしいけどね」なんて言っていると思います。

■DVDになったいきさつ■

結論から言うと。CD-Rでは入りきらなくなった、だけです。
PDFファイルは、ほとんどの場合データが圧縮されています。圧縮率を上げればサイズは小さくなる反面、画像は粗くなり、ディテイルが飛んでしまいます。当初、たかがA4の千ページだから700MBに収まるだろうと思いβ版まで作りました。ところが非常に見づらい箇所があったため、ページごとに、またページによっては図版と文字を分けて圧縮率を調整し、最終的に698MBまで追い込みました。CD-Rの容量は702MBですから、あと1セクタしか余裕がありません。しかも、まだ見づらい。
もう仕方なくDVDに切り替え、どうせならと無圧縮PDFにしたところ3GBになりました。まだ理想の紙面ではありませんが、私のスキャナでは限界です。大ファイルなのにきれいじゃない、とのご批判は甘んじてお受けします。
大きなファイルは読み込むのに時間がかかります。3GBを一度に、などは狂気の沙汰です。「えっ、壊れた?」と思うほどの時間がかかりますが、どうかご容赦ください。大ファイルを急速に読み込めるメディアやデバイスは無いものでしょうか。

■お詫びと訂正の続き■

プロフェッショナルクラフツの戦いはまだ続きます。DVDに書き込んだ「お詫びと訂正」一覧表は、実際には「一部表」でしかないでしょう。まだまだ小バグは無数に、致命的なバグもいくつかあるはずです。これに誤変換や誤字を加えれば、記事をもう一度作り直したほうがいいとも思えるでしょう。
そこで、皆様からレポートしていただいたバグ情報をまとめるページを作り、ここからリンクする予定です。誤字脱字などや完動に影響のない定数間違いといったものは別として、明確にヤバいバグ、説明を要するバグを扱います。どうかご協力くださるようお願いします。レポートはこちらまで。



2023年11月26日
珍品堂主人代理 大塚 明
珍品堂アナログ店へ
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