虫返しコーナーのタイトル
JA8119最後の飛行
JAL123便事件:その2

   「そのとき」何が起きたのか?

■事故調のワンパターン「最初に結論ありき」■

 わかりきってはいたが、また事故調の、どーしようもない報告書が11月20日に出た。1996年6月13日に福岡空港で起きたガルーダ・インドネシア航空機の離陸失敗オーバーラン事故。去年のことなのでご記憶の方も多いだろう。離陸しようとしたDC-10のエンジン1機が滑走中に異常をきたし、機体は浮揚していたにもかかわらず機長がブレーキをかけ、滑走路外にオーバーランして死者3人、負傷者170人を出した。杓子定規に原因を探れば、これは「機長の判断ミス」になる。複数エンジンのジェット旅客機では、離陸滑走中にエンジン1機が停止しても、そのときの速度が「V1」という「離陸決断速度」を超えている場合には離陸操作を継続しなければならない、ことになっている。ガルーダ機はV1を過ぎてから離陸を中止している。(V1は機種、機体総重量や天候によって変わる。この速度以下の時点では、離陸を中止しても滑走路内で停止できる、とされている。速度計を読んでいる副操縦士が声に出してコールする。V2というのもあって、これは機首上げ速度。離陸しても安全に飛行できる速度で、操縦桿を引くタイミングでもあるので「ローテート」とコールすることもある)
 それなら事故調の報告書は正しいではないか、と思われるかもしれない。あるいはマグレで正しい可能性もある。というのは、事故調は例のごとく、日本語でいう「調査」と呼べるようなことはしていないからだ。機長(とクルー)の判断ミス説は事故直後から関係筋で囁かれ始め、その線に沿って都合の良いデータだけが集められた。航空機関士がエンジンの異常発生をコールするのに2秒もかかり、しかも「第1エンジン」と間違った伝達をしたとか(壊れたのは第3エンジン)、壊れたエンジンは中古品で、すでに耐用年数を過ぎていたとか、ガルーダでは離陸中のエンジン停止に対する訓練が行なわれていなかったとか……平易に読めばガルーダは三流航空会社であり、オンボロ機材を使って、パイロットもクルーもヘタクソだ、が結論になっている。あまりと言えばあまりな言い分。
 報告書は一読しただけなので詳細な解析はまだだが、ひとつ明白なのは機長の主張がまったく考慮されていないこと。機長は「普通と違った状態を直感的に感じた。このまま離陸しても高度は上がらず、周囲の建物などにぶつかって、もっと大事故になると思い離陸を中断した」という意味のことを強調している。事故調はまったく無視。相手にもしていない。その埋め合わせか、インドネシア当局からの抗議ともとれる「意見書」を報告書に添付した。
 機長が離陸中止と判断した理由を、どうして追求しないのだろう。また、これがガルーダではなく米国の飛行機だったら、同じ報告書になったろうか? 私には開発途上国に対する蔑視が感じられてならない。
 事故調の「調査」パターンは同じでも、名古屋で着陸に失敗した中華航空機の事故では、航空機メーカー(エアバス社)のシナリオ通りの報告書が作られている。この例では、事故直後、数日を経ずしてエアバス社が「原因」を発表!(調べなくてもわかるらしい)。要するにエアバス社の独善的な自動運行システム・プログラムに問題があったわけだが、エアバス側はプログラムの不当性を認めず(まるで○太郎のメーカーみたいだ)「システムを熟知していなかった中華航空パイロットが悪い」と主張。事故調はほぼエアバス寄りの結論を出した。でも多少は気がひけたのか、エアバスにプログラムの「改善勧告」を出している。
 つまり事故調は「最初に決めたらまっしぐら」の報告書しか作らない。客観的・公正な調査は行なわれず、ひたすら「結論」のための補強資料を集める。それが仕事らしい。運輸省の機関なので、あるいは幻想を抱いている人もいるかもしれないが、事故調はコトなかれ官僚と御用学者どもの集合であり、政治力学と商業主義の顔色しか見ていない「一件落着」のための組織なのだ。
エアバスA320は、なぜ墜ちたか  エアバスが出てきたついでに書いておくと、同社A300シリーズの異常事態に対応する自動操縦プログラムは、とても人間業で扱えるものではない。異常事態に遭遇し、最高に緊張しているパイロットに、ワケのわからぬ操作を要求するソフトは、とても常識では考えられない。詳しくは「エアバスA320は、なぜ墜ちたか」(ミシェル・アスリーヌ著、講談社 2300円)を一読願いたい。アスリーヌ氏はエアバスの開発パイロットで、いわば内部告発の書。エアバス社のソフト面での設計が、いかに甘いか、マン・マシン・インタフェースの基本がわかっていないか、そしてそれをエアバス社がどんな姑息な手段で隠蔽しているかがよくわかる。この本を読めば、エアバスに乗るときは「必ず墜ちる」と覚悟して乗るようになるだろう。2300円は安くはないが(航空関係書籍としては安い)本文480ページは充分に読み応えがある。最近の講談社はゴミ本が多いけれど、たまには読める本も出す。

■123便関連書物の紹介■

 なかなか本筋に入れない。この123便事件については、連載回数をまったく決めていないので、脱線しながらでも少しずつ進んで行こう。といって、ただダラダラと書いていると思われても困るから、私が柱にしたいと考えている大きな2点を明確にしておく。まず、事故調が主張する圧力隔壁説の粉砕と、考えられる「真の」第一原因。そして、元米軍兵士の明かした新データも踏まえて「なぜ自衛隊は救助しなかったのか?」。前者はすでにいろいろな説が発表されているが、後者は不思議なことに誰も書いていない。書けないのかもしれない……もしもこの連載が予告なく中断し、私と連絡がとれなくなったら、皆さん、アムネスティに通報して下さいね。
 あっ、そうだ。前回の記述中、1ヶ所間違いがありました。ノーティカル・マイルの説明で、「60マイルで緯度・経度とも1度にあたる」と書いたのは間違い。緯度だけですね。経度も同じなら地球は平面になってしまう。私は地球が「球」であると信じています! それから、これは間違いではないけれど誤解されやすいと思うので……事故調はボイス・レコーダ、フライト・レコーダともに極秘扱いにしているのは事実。しかし、これらから読みとったデータを、CVRなら「文字」で、DFDRではグラフで公開し、報告書の後半に載せている。私が参考にしている「記録」はこれからの引用。でも文字やグラフは、その気になればいくらでも改竄できる。(だから生データを公開しろ、と言っているのだ)
 前回、この原稿を書いていて感じたのは「私だけネタを握っていては不公平ではないか」ということ。さらに、興味のある読者には参考文献を紹介して、意見交換や錯誤の指摘などできれば、ということ。で、以下に123便関係の本と、もう少し広い範囲での航空関係書物を挙げよう。(無論これで全部ではない。私が読んでみて、紹介に値すると思ったものの一部) 本の価格は私が持っているもので消費税抜きです。

●航空事故調査報告書(運輸省航空事故調査委員会)
 事故ごとに作られる。123便のものは前回写真を載せた。基本的には無料。運輸省内の事故調事務局に出向けば誰でももらえる(東京以外の人はどうするんだろう?この中央集権)。印刷部数が限られているため、無くなったらもらえない。一定期間(何日間なのかは不明)事務局で配布し、その後は社団法人 日本航空技術協会(電話:03-3504-1246)が有料で販売。無料のものがどうして有料になるのかわからない。この天下り先くさい社団法人の正体も不明。なお、123便の報告書はどちらにも在庫無し。
疑惑
●疑惑 角田四郎 早稲田出版 2136円
 一番先鋭的で、しかも事件の全体像がわかる。私がモヤモヤと考えていたことを、きっちりと文章化してくれている。事実関係の間違いも少ない(1ヶ所だけ)。ただし私は、著者の最終的な仮説を全面的には支持していない(反対しているのではなくて「わからない」ということ)。
 2200円は決して高くない。事故調報告書の肝心な部分も収録されており、入門には最適な一冊。イチオシです。古本でも見かけるので、その際はご購入を。
 このページの冒頭の123便イメージは、この本がネタ。スキャナで取り込んで再トレスしたもの(だから著作権はクリア)。
日航ジャンボ機墜落
●日航ジャンボ機墜落 朝日新聞社会部編 朝日文庫 476円
 事件の大体の経緯がわかった人向けのデータ集。データ中心で、これだけ読んでもわかりにくい。朝日社会部の動きを中心に書かれている。事故調の報告書には触れていない。
 基本的に時刻順の構成なので、事故当時の出来事を整理して考えるのにも便利。圧巻は朝日新聞の自社ヘリコプターの働きだ。自衛隊が現場位置を探し出せず(今から思えば、意図的な現場隠しか)、NHKが墜落現場を「長野県です」と、さも確信ありげな寝言をホザき続けて(意図的な情報操作か)いる間に、朝日ヘリは正確な現場位置の特定に成功していた。しかし編集デスクは自社ヘリの報告に半信半疑で、NHKの「公式発表」を半ば信じていたあたりなど、大マスコミの保守性が見えて面白い。安いので1冊どうぞ。

●墜落の夏 吉岡忍 新潮文庫 427円
 一般にはもっとも有名な123便モノ。ただし、前2冊に比べると大甘な内容。特に「疑惑」の後に読むと結構笑えてしまう。「日航側」から見たドキュメントと言ったら言い過ぎか。
 とはいえ、かなりの一次データのコピーも含まれているため無視はできない。古本でなら買ってもいい。
 この吉岡さんはドキュメンタリーを何と心得ているのだろう、と思う部分もある。ドキュメンタリーには著者のジットリした「感傷」など不要じゃないの。でもまあ、大江の健ちゃんの「沖縄ノオト」もあることだし、吉岡さんは軽症の部類だろう。

■以下はジャンボ機についてと飛行機・飛行の実際について。

●ジャンボ・ジェットはどう飛ぶか 佐貫亦男 講談社ブルーバックス 738円
 ジャンボ機の運動性能、構造などハード寄りの本。基礎知識ならこれで充分。ジャンボの本としては一番まとまっている。ただしあまり楽に読める内容ではない。現在出ているのは改訂版で、旧版の方がシンプルだったような気がする。
 佐貫先生は日本航空界の一人者であり、いわゆる技術屋さんで私も尊敬していたが、改訂版では123便事故にも触れ、圧力隔壁説をそのまま書いている。先生、本気ですか?

●飛行機の雑学 中村浩美 グラフ社雑学シリーズ 980円
 ご存知「航空評論家」中村先生の面白本。とはいえ、この手の本としては内容は濃い。浅く広くだが、飛行機の概略を楽に知りたい人はどうぞ。
 私見では、価格ほどの値打ちはない。古本で探そう。

●機長のかばん 石崎秀夫 講談社 1456円
 羽田から福岡までのワン・フライトという前提で、飛行の実際や周辺知識、さらに飛行機の理論まで書いてある。面白く読めて内容豊富。著者はANAの超ベテラン機長(すでに退職)だからとてもリアルだ。類書として、スイス航空の機長が書いた「機長の決断」(P.ヴェプファ/U.v.シュルーダー著 講談社 1748円)がある。これは古本で探そう。

とりあえずこんなもんでしょうか。他にもたくさんある。中には粗製濫造に近い著者もいて、あくまでも私の評価で言わせてもらえば、たとえば加藤寛一郎氏(東大教授)は「ニアミス」とか「極限飛行、危機に立ち向かう心」などというセンセーショナルなタイトルで多数お書きになっているが、どれもタイトル倒れ。内容のごく一部をタイトルにしているだけ。表紙の著者名のところに「東京大学工学部航空学科教授」と必ず肩書きを入れているのがカワイイ(そーゆーの、地位利用っていわない?)。興味のある方は1冊だけ買ってみるといいだろう(2冊目も同じだから)。また加藤氏は123便事故の原因について「壊れた尾翼」という本を書き、「独自の隔壁破壊説」を論じていらっしゃる(絶好のネタですからね。バスに乗り遅れるな!)。しかしこの論は、同じ東大の河村龍馬名誉教授に批判され、ほぼ崩壊してしまった。私の気持ちとして、123便事件にかこつけて売名したり金儲けするヤツは絶対に許せない。

■報告書CVR記録が語る真相とウソ■
123便航跡略図

 本筋に戻ろう。上の航跡図で赤丸の箇所、ここで「ドーン」が発生した。そのたった7秒後に機長は「スコーク77」を発令している。繰り返しになるが、この時点ではまだ、飛行機の損傷具合や操縦が不能になっていることに機長は気付いていない。でも「スコーク77」だ。もう一度報告書のCVR記録を見てみよう。前回より少し長く引用する。

 
24分12秒(スチュワーデス)……たいとおっしゃるお客様がいらっしゃるのですが、
     よろしいでしょうか?
同15秒 (副操縦士)気をつけて
同16秒 (機関士)じゃ、気をつけてお願いします
同17秒 (副操縦士)手早く
同18秒 (スチュワーデス)はいありがとうございます(機関士)気をつけてください
24分35-36秒 ”ドーン”という音
同37秒  [客室高度警報音or離陸警報音]
同38秒 (不明)……
同39秒 (機長)なんか爆発したぞ
同42秒 (機長)スコーク77
同43秒 (副操縦士)ギアドア (機長)ギアみて、ギア
同44秒 (機関士)えっ (機長)ギアみてギア
同46秒 (機長)エンジン?
同47秒 (副操縦士)スコーク77(ここで「スコーク77」発信)
同48秒 (機関士)オールエンジン……
同51秒 (副操縦士)これみてくださいよ
同53秒 (機関士)えっ
同55秒 (機関士)オールエンジン……
同57秒 (副操縦士)ハイドロプレッシャみませんか?
同59秒 (機長)なんか爆発したよ
25分04秒(機関士)ギア ファイブオフ
      [客室高度警報音or離陸警報音](以後47分28秒まで鳴り続ける)
同14秒 (機関士)はいはいラジャー
同16秒 (機長)ライトターン
同17秒 (機長)ライトターン
同19秒 (副操縦士)プレッシャ? (機関士)おっこった

  (文字色を変えたのは以下のデータと比較のため)

 以上はいわゆる「最終報告」に載っている会話記録。123便事件のCVR記録は、実は3回、異なった内容が公開されている。最初は1985年8月27日の第1次中間報告、次は1986年6月3日付けの公聴会のための資料、そして報告書に載っている最終報告。CVRの音はノイズ混じりで聞きにくいだろうことはわかる。だから聞き取りが進むにしたがって詳細に、正確になっていくのが普通だろう。ところが3種類の「記録」は、細かく読むと意味がまるで違っている。

 まず85年8月の第1次中間報告。これを最終報告と比べてみよう。文字づかいまで原文のまま記載する。このデータではコクピット内の会話と乗客へのアナウンスが分かれていないため、そのまま記す(最終報告では分けて記載されている。上のデータはコクピット内音声のみを掲げた)。なお「……」は判読不能。時刻に1〜2秒の誤差があると事故調は確認している。プリレコーデッド・アナウンスとは事前に録音されたテープで、機体が異常事態を感知すると自動的に客室に流れるアナウンス。

 
24分10秒(スチュワーデス)スイッチを押している方がいらっしゃるんですが
       よろしいでしょうか
      (機長)気をつけて手早く、じゃ、気をつけてお願いします
      (スチュワーデス)はい、ありがとうございます
同34秒(ドーンというような音が入っているが、これについては更に分析が必要である)
        警報音「ピーピー」
      (機関士)だめ     「警報音」やむ
      (機長)何がわかったの
      (機長)ギア見て、ギア
      (不明)えー
      (機長)ギア、ギア
同44秒  (パーサー)……酸素マスクをつけて下さい。酸素マスクをつけてください。
        ベルトはベルトをしめてください。ベルトをしめてください。ベルトを
        しめてください。……
      (プリレコーデッド・アナウンス)ただいま緊急降下中です。ベルトをつけて
        ください。……
      (パーサー)……を、おつけになってバンドは頭にかけてください。バンドは、
        頭にかけてください。乗務員は酸素ボトルの応援をお願いします。酸素
        ボトルの用意。
      (プリレコーデッド・アナウンス)ただいま緊急降下中です。ベルトをつけて
        ください。……
      (スチュワーデス)……お客様にお願い致します。お子様連れのお客様、
        どうぞ近くの方恐れ入りますが、お子様の……用意をお願いします。
同46秒  (機長)スコーク=認識番号=77
           えっ
同54秒  (不明)ハイドロプレッシャ=油圧=ドロップした
      (不明)アンバーライト=警告灯=オン
25分03秒   「警報音(ピーピー)」鳴り出す。
同13秒  (機長)ライトターン=右旋回
同14秒  (機長)ライトターン
      (副操縦士)……しました
      (機長)はい

 何か気付きませんか? そう、「何か爆発した*」がまったく無い。代わりに「何がわかったの」がある。通常、「何がわかったの」という言葉は、その前に何らかの異常が生じていて、それに気付き、クルーに調査を命じていたからこそ出る台詞だ。
 機長以下コクピット・クルーは「ドーン」以前から、かなり明白な異常を感じていたと考えられる。だからこそ録音冒頭のスチュワーデスに対する切迫した指示になるのではないか。また、異常を感じ、何かが起きる予感(危機感)があったからこそ、「ドーン」の衝撃音が発生しても、半ば当然のように受け止め「何か爆発した」などと無駄なことは言わなかった。航空機関士の「だめ」という言葉も、それ以前に何かあって、それを回避できなかったか解決できなかったことを意味している。つまり、クルーは絶対に「何か」を知っていた。予知していた。
 冒頭部分のスチュワーデスとの会話にしても「スイッチを押している方がいらっしゃる」と、最終報告よりも具体的な内容。スイッチとは、ベルト着用時などに乗客がスチュワーデスを呼ぶためのもの。どうして調査初期には聞き取れた内容が、後に聞き取れなくなっているのか。この部分は明らかに改竄されている。聞こえなかったことにしてしまっている。では、事故調はどうして改竄しなければならなかったのか?
 飛行機に乗った経験のある方なら多分ご存知と思うが、ベルト着用のサインは離陸時には数分間しか点灯しない(気流が悪ければ別)。本当にアッという間に消える。飛行機が順調に上昇を開始した時点で消えるから、気が小さい私などは「こんなにグングン昇っている最中なのに、もう立ってもいいのか」と心配になるほどだ。上の会話記録は離陸から12分後、ほぼ巡航高度に達している。通常なら、とっくの昔にベルト着用サイン、禁煙サインは消えている。(前回書いたように、事故当日の天候にまったく問題はなかったから、乱気流によるサイン点灯はありえない)
 乗客がスイッチを押す、ということは、このときベルト着用サインが出ていたことになる。コクピット・クルーが何らかの危険を予知し、サインを点灯させたのだ。「スイッチ」という単語ひとつから、これはわかってしまう。
 事故調にとって、非常にマズいデータだ。彼らが勝手に決めた「圧力隔壁破壊説」が正しいとするなら、「ドーン」の瞬間まで予兆もなにも無かったはずだからだ。圧力隔壁の破壊は予告なく瞬時に起きる。間違っても「隔壁が壊れそうだからベルト着用サインを出そう」と考える機長はいない。事故調説でいくなら、クルーは何も気付いていないのだから、このときベルト着用ランプはオフでなければならない。オンでは困るのだ。で、対策として、露骨な証拠である「スイッチを押しているお客様が」の部分を改竄してし、「……たいとおっしゃるお客様が」に直した。
 でも、それだけでは説得力に欠けると思ったのか、機長の「何がわかったの」を「なんか爆発したぞ」に書き換えて、「ドーン」で初めて異常に気付いたことを強調した。それでも足りないと思ったのか、24分59秒に再び「なんか爆発したよ」と言わせている。ここまでくれば改竄というより「作文」に近い。大体、緊急事態が発生しているというのに、副操縦士の「油圧をチェックしませんか」の提案に対して、バカみたいにもう一度「なんか爆発した」と言わずもがなの言葉を発する機長がいるだろうか。それこそ故人への冒涜であり、プライバシー軽視ではないか。事故調さん、過ぎたるは及ばざるが如し、です。
 そんなこんなでトータルに考えると、第1次中間報告は会話時刻がアバウトではあっても、緊急時の会話としては一番自然に感じられる。何かの予兆を感じていたクルーが「ドーン」音で異常発生を完全に認識し、警報音でギア(着陸装置)をチェック。その後「スコーク77」を発し、羽田に緊急着陸するために右旋回する。この経過・手順に、どこも不自然なところはない。多分これが一番本物の記録に近いのではないだろうか。お役所仕事特有のノロさもあって、事故後15日では有効な改竄も作文もできなかったのだろう。また、この「事故の原因」を、どう決着させるか、日米政府筋やボーイングと話し合いが煮詰まっておらず、改竄の方向性が決まっていなかったせいでもあろう。ウソをつくのもなかなか難しいものだ。
 さらにひとつ注目していただきたいのは、プリレコーデッド・アナウンスで「ただいま緊急降下中」と流れているにもかかわらず、クルーは降下の操作をしていない。機長が指示したのは「ライトターン(右旋回)」だけ。以下で問題にする「急減圧」が起きていたなら、機長はすかさず「ディセント(降下)」と指示し、本当に急降下に入るだろう。航跡図からもわかるように、急降下などまったく行なわれていない。水平飛行か、逆に上昇傾向にある。これは憶えておいていただきたい。

 最後に、事故後10ヶ月を経過した時点で発表された「聴聞会のための報告」を載せておこう。ちょうど前二者の中間に当たる内容で、すでに改竄の方向性が定まっている様子がわかる。細かい部分では、まだウソをつききれておらず、かなりボロも見えるのだが、その追求はここではしない。しなくてももう充分だろう。詳細を研究したい方は、前述した参考書籍でどうぞ。
 このデータの録音開始から24分19秒までの内容は最終報告と同じなので省略。「ドーン」以降を掲載する。

 
24分35秒  ドーン
同36秒〜38秒  [客室高度警報音or離陸警報音]
同38秒 (機関士)……
同39秒 (機長)なんか……
同42秒 (機長)スコーク77
同43秒 (副操縦士)ギア (機長)ギアみてギア
同44秒 (機関士)えっ (機長)ギア
同45秒 (副操縦士)ギア エンジン
同46秒 (機長)オッケイ
同47秒 (副操縦士)スコーク77
同48秒 (機関士)……
同51秒 (機長)……これみてみろ
同52秒 (不明)えっ
同55秒 (機関士)……
同57秒 (副操縦士)ハイドロプレッシャみませんか?
同59秒 (機長)なんか爆発したの

      この報告書の記録はここまでで終わっている。

 客室とのあわただしいやりとりがあって、「ドーン」の7秒後にスコーク77発令。基本的には最終報告と同じだ。ただ、最終報告では「ドーン」が2秒間の長い音としているが、ここでは1秒になり、直後の「警報音」が1秒から3秒に延びている。これも詮索すると深い意味があるのだが、ここでは省略(「疑惑」で謎解きをしている)。ただ、ドーンにしても警報音にしても、CVRへの録音レベルは相当に大きいはずだ。音が持続した時間はきっちり測れるだろう。それが報告書が変わると時間データまで変わってしまうとは……この一事だけで報告書の信頼性は疑われる。

 以上、同一現象を記録したはずの3種類の異なったデータからだけでも、私が「事故調報告書はいかがわしい」と言っている意味の一端なりともご理解いただけたと思う。

■ドーンで何が壊れ、何が起きなかったのか■

 前項で問題にした時間帯に起きたことを、事故調はどう「説明」しているのか、報告書を公正かつわかりやすく要約してみよう。

 16時24分35秒(または36秒)に後部圧力隔壁が破断し、2〜3平方メートルの穴があき、そこから与圧された空気が噴出して垂直尾翼と機体最後部(テールコーン)を、ほぼ同時に吹き飛ばした。「ドーン」の音は、その際の空気流をともなう衝撃性の音響である。隔壁が破壊されたことで室内の与圧は抜け、急速な減圧が起きた。ジャンボは大きいが、客室とコクピットでの減圧はほぼ同じだ。
 
 オイオイほんとかよ、が実感。前回、旅客機が常に「与圧」されて飛んでいることは説明した。外界との気圧差によって、いわば風船状態で飛んでいる。それが破裂した、と事故調は言う。吹き出した空気の圧力で、垂直尾翼とテールコーンが壊れた。まあ、壊れたのは事実なので、どこが壊れたかを写真で示そう。ダイキャスト・モデルをデジカメで撮り、PSPで加工したものだから「ほぼ概略」と思っていただきたい。
123便の壊れた箇所  まずご覧のように垂直尾翼(失った部分を黒で表わした)とテールコーン(同、赤で表わした)は「つながっていない」ことに注目。近くにはあるが別々の箇所なのだ。これは風船で言えば、同時に2ヶ所に穴があいたことになる。この他にも厳密には水平尾翼も少し破壊されている。
 圧力隔壁はおおむね赤い線の位置。本当はもうほんの少し後方にある。隔壁から噴出した空気流がテールコーンを直撃するのは、まあわかる。しかし空気流が「直角に上に曲がり」垂直尾翼を吹き飛ばしたとは、しかもそれがテールコーンの破壊と同時に起きたとは、まったく考えにくい。しかも垂直尾翼は、通常の飛行中でも強い力がかかる部分なので、写真の外観の中身はタワーのような構造になっている。テールコーンよりも強度は高い。
 事故調もこれには参ったらしく、どの程度の穴があけば「両方同時に壊れるか」を必死に計算している。当然、垂直尾翼とテールコーンの強度が重要なパラメータになるから、これも計算している。私は飛行機の設計者ではないので、事故調の「計算」が正しいかどうかわからない。仕方ないので一応鵜呑みにすると、飛行中の垂直尾翼は内側から約4psi(ポンド・スクェア・インチ。1psi=730.7kg/平方メートル)の圧力がかかると破壊するのだそうだ。テールコーンはもう少し弱く、2.2〜2.5psiで破壊が始まり、完全に壊れるのは3〜4psiだという。
 やっぱりおかしい。空気流の直撃を受け、強度も低いテールコーンだけが脱落するなら話はわかる。いったんテールコーンが吹き飛んでしまえば空気はその穴から流出し放題になり、尾翼は落ちないだろう。ところが、さすがに学者を多数かかえている事故調は、巧みな数字合わせで難問を乗り切った。いわく、垂直尾翼の破壊限界を4.75psi、テールコーン(実際はAPU防火壁。次回以降で書く)を4psiとしたとき、隔壁の穴が3.5平方メートルだと、尾翼は0.29秒で、テールコーンは0.04秒で破壊が始まる。だから「同時に落ちる」のだそうだ。一瞬うなづいてしまいそうになるが、私には誤魔化しにしか思えない。この計算で得た「時間」は、あくまでも破壊の始まりまでの時間であり、破壊の終わりではない。両者の時間差、0.25秒は短いようで長い。音に250ミリのディレイをかけることを思えば、皆さんも納得できるだろう。結局、どうやっても尾翼とテールコーンは同時には落ちない。
 これらのデータは報告書の74ページに出ている。このページにはオマケも付いていて、やぶ蛇に近いことまで書いてある。数字合わせのシミュレーションで、隔壁破壊後、どの程度の時間で客室内が減圧するかも書いてあるのだ。たった2.4秒〜3.37秒で、客室内(コクピットも)は高度14000フィートの気圧と同じになるという。いわゆる「急減圧」である。
 人間の身体は、そんな急減圧には耐えられない。まず耳が痛くなり、頭痛や吐き気、失神に至る。ドーンの時点で123便は24000フィート付近を飛んでいた。計算はできないが、3秒で14000フィート相当になるなら、30秒もあれば与圧は完全になくなり、室内は高度24000フィートそのままの気圧になるだろう。 前述した石崎さんの本によれば、25000フィートの高度を与圧無しで飛ぶと、人間は3〜5分で気を失うという。申し訳ないがスクロール・バックして「航跡図」を見てほしい。飛行機が与圧無しに飛べるギリギリの高度は14000フィート。「ドーン」以後、123便は20分以上も与圧が必要な高度を飛んでいた。
 この矛盾を、事故調は説明していない。CVR記録では「ドーン」以後、今回掲載した分だけを見ても30秒以上、正常な会話を交わしている。報告書には墜落までのCVR記録が載っているが、気を失ったクルーはいない。酸素マスクも使っていない。使えば声がモガるので簡単に聞き分けられる。また乗客も失神していない。天井から降りてくる酸素マスクを使ったとしても、酸素は12分で無くなる。さあ事故調、どう説明する?
 生存者の証言からも、事故調の「計算」は数字遊びであることがわかる。証言によれば、そのとき機内では「白い霧がたちこめたが、すぐに消えた」、一瞬耳が「ツーン」となり、「軽い物が後部に飛んで行った」という。白い霧は減圧に伴う現象で、空中の水分が凝集して霧になる。でもこれは小規模な減圧でも簡単に起きる。耳がツーンとなるのは高速エレベータに乗っても起きる。事故調の言うような大規模な急減圧であれば「ツーン」どころでは済まない。完全に聴こえなくなり、後日耳鼻科に通わねばならない。これは過去の多くの事故例からも明白な事実だ(例:DC-10のトイレで手榴弾を爆発させた事故では、多くの乗客が耳鼻科通いした)。また、隔壁に3平方メートルもの大穴があけば、軽い物どころか人間も吸い出される。生存者は後部座席の人が多かったが、誰も「後ろに引きずられた」とは言っていない。……結論として、事故調が言うような「急減圧」など無かったのだ。たしかに小規模な減圧はあった。しかし尾翼とテールコーンが吹き飛ばされるほどの大減圧は無かった。
 という反論に備えてか、報告書では「ゆるやかな減圧」の計算もしている。0.6平方メートルの穴があいた場合の計算だが(これより小さい穴では尾翼とテールコーンは同時に飛ばない)、前提条件を変えて、尾翼の強度を3.33psiまで下げている。ここまでするのは完全に数字合わせだ。この計算では尾翼は0.41秒、テールコーンは0.42秒で破壊し始め(前の計算よりマシ)、7.51秒で機内気圧は14000フィート相当になる。ということは、圧力隔壁破壊がいったん起きれば、所要時間の長短はあれ機内の人間は失神することになる。事故調は、こんな無駄な計算に税金を使っているのだ。そんな金があるのなら、もっと実効的な「調査」に使うべきだろう。
 数字遊びに付き合うのはもうやめよう。圧力隔壁説など最初からデッチ上げなのだ。ただし、事故機の圧力隔壁に小さなスキマがあったこと、そこから常に少しずつ空気が漏れ出し続けていたことは事実だろう。墜落現場から回収された隔壁の断面にタバコのヤニが付いていたからだ。しかし、その程度の与圧の漏洩は古い飛行機ではよくあることだから、とりたてて騒ぐことでもない。隔壁犯人説とはまったく無関係と断言できる。
 公正を期すために一応書いておこう。客室警報音が鳴り、酸素マスクが落下し、プリレコーデッド・アナウンスが流れるのは、客室内の与圧が抜けて、室内気圧が高度14000フィート相当になった場合。123便では、このすべてが発生している。「だから急減圧があった」というのが事故調の言い分。ストレートでわかりやすい。わかりやすすぎる。しかしCVR記録からも生存者の証言(や怪我の状態=外傷はひどかったが耳鼻科関係は傷付いていない)からも警報が鳴るような大規模な急減圧はなかったと断定できる。この矛盾をどうすれば解決できるか。ひとつだけ、酸素マスクについては、機体が大揺れするなどのショックでも落ちる。残りの警報音と自動アナウンス、二者に共通する要素は何だろう。そう、信号を含む電気制御系だ。二者を起動するセンサも関係する。何らかの衝撃によって、これらの電気系が誤動作すれば、減圧がなくても警報やアナウンスは流れる。推測の域を出ないが、そう判断するしかない。実際に高度24000フィートで飛行する機内で、酸素マスク無しに人間が生きていられたのだから。

■事故調が「圧力隔壁説」を主張する理由■

 CVRデータ、尾翼とテールコーンの強度計算、隔壁破壊時の減圧時間、すべて事故調が公表したもの。 つまりアチラ側のデータだ。それだけを材料にしても、以上の矛盾点が見つかり、圧力隔壁説を否定できる。今回、特に書かなかったが「減圧は無かった」ことを証明する資料の存在を私は知っている。これは公表されてはいないし、状況が変わらない限り決して出てこないだろう。……と、これ以上書くとヤバいからやめとこ。
 いかに改竄されていようとも、いや、徐々に改竄されたからこそCVRのデータから、クルーは事故の予兆を感じていたことがわかる。予兆があったのだから、事故の主原因は圧力隔壁の破壊ではない。同時に、報告書の「やりすぎた数字遊び」から、逆に「急減圧は無かった」ことがわかる。
 それではどうして事故調は「圧力隔壁破壊説」を死守するのか? 原因はふたつあると思う。ひとつは、まず確実なこと。もうひとつは事件全体のキーになる事柄。ここでは「確実な線」だけを書いておこう。
 端的に言えば米国政府とボーイング社への「思いやり」である。もし仮に、123便事故の原因がジャンボの設計ミスや全ジャンボに共通する構造的な要素にあるとすれば、ボーイング社は大規模なリコール(飛行機でもそういうのかな)をしなければならない。最悪の場合、不都合な部分が改修されるまで飛行停止になり、世界の空から一定期間747が姿を消すことにもなりかねない。そういう不祥事はボーイングのイメージダウンであり、修理のための費用も巨額になるだろう。そして同社は米国政府の御用会社、軍事面では一体である。そんな事態になれば、問題はボーイング一社では済まず、米国政府をも巻き込む。米国の子分たる日本政府は、実に深刻な立場に追い込まれるだろう。
 だから。コトを全ジャンボに波及させてはならない。あくまでも事故機JA8119固有の問題として処理しなければならない。都合のいいことにJA8119は「尻もち事故」で隔壁を修理している。まさに打ってつけ、見逃す手はない。
 一般に米国の企業は(日本もそうだが)、自社製品に欠陥があっても自主申告はしない。手抜き工事やインチキをしても、見つかって証拠が挙がるまで否定し通す。(原発事故や金融不祥事もそうでしょ) ところが123便事件に限って、まか不思議なことにボーイング社の側から「尻もち事故で修理ミスをしました」と自首して出た。米国企業としては前代未聞だ。となれば日本側もそれに呼応して「修理ミスによる隔壁破壊」を全面に打ち出すしかない。
 これが、ある一面から見た事故調の「頑なな主張」の理由。ウソだと思う人は事故当時の新聞(縮刷版)を隅々まで読み返してみよう。ボーイング側の発言がコロコロ変わっているのに気付くだろうし、自白も確認できるだろう。

 今回はここまで。それじゃ一体、「ドーン」は何を意味するのか。どうして尾翼とテールコーンは脱落したのか?……結局はわからない。可能性としてならいくつか考えられる。
 次回からは事故調報告書だけではなく、別の資料も参照しながら墜落までの経緯と、その後の「意図された混乱」、「隠された情報」について書くつもりだ。文字ばっかで悪いけど、まずはご期待を。
 
 

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